開業して16年、ついに脊柱管狭窄症と対峙する事になった。
間欠性跛行も酷く、整形病院で何をしても悪化し、現在も悪化の一途を更新中の十分すぎるほどの脊柱管狭窄症だった。
しかし、幸い高齢にもかかわらず、こちらの予想より脈の経過が順調だった(短いスパンで数回治療したら解る)ので、結果が楽しみでした。
わずか10回ほど、1ヶ月位の治療ですぐに良い結果が出たので、そのあと、治療に説明は必要なくなり、患者さん本人から「ホームページには書かないのか?」と言われて今、書くに至りました。
「脊柱管狭窄症でも、驚くほど、良い結果が出る」この話は若いころ、通っていた鍼灸塾の塾長さんが言っていた話しで20年ぶりに思い出した。
そしてこうも言っていた。良い結果が出ても「MRIの診断は変更がない」これについては患者さんが誤解していることが多いので説明しておきますが、鍼灸することで悪化を食い止め、血液検査も高血圧も胃腸も痛みも腰(今回の場合は臀部)の回復速度も何もかも改善するけれど、変形した骨等、構造に関しては変化しない。つまり「症状に対して骨等の構造が絶対ではない」
私の鍼灸の理解は仮に寿命が100年の人がいて、脳梗塞や脊柱管狭窄症の症状で60歳から働けなくなり、70歳で、あらゆる医療が匙を投げ介護にスイッチするとして、この人物が55歳から鍼灸を定期的にしたら80歳まで働けて、99歳まで介護の世話にならない。といった理解だ。
なのでここ100年ほどの医療の歴史においても、この問題を鍼灸だけがこのレベルで変えられるし、その技量が術者にあるかは数回通えば判別は容易である。だから、イギリスやドイツ等、先進国ではこの問題について鍼灸が用いられるのが一般化している。しかし、日本の田舎(羽島市)については知らない。私が鍼灸学校で習ったのは概ね東京で研究された技術。羽島市の高齢者は私が学校では習ったことのない謎の鍼灸の話しをするけれど、国家資格以降の鍼灸師である私の知らない謎の技術。恐らくイギリスやドイツでも田舎だと謎の鍼灸があるのではないだろうか?判別方法は先に述べたので、技術の是非はどうでもいい。ピカソは鍼灸の愛好家で健康で長生きした事でも知られるが、人生は最期から逆算して有効な手段をするか、しないかは個人の自由なのだ。
