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院長プロフィール

自画像免許付き

えぎら鍼灸指圧治療院 院長
濱田 知宏
(はまだ ともひろ) 

生まれも育ちも岐阜県羽島市です。

羽島市江吉良町で開業しました。

厚生労働大臣認定、国家資格保有のはり師 灸師 あん摩マッサージ師です。
平成15年中和医療専門学校卒業です。

大した趣味はありませんが、生きがいは経絡治療です。
日、祝日のみでだけはなく、盆も正月もたいてい何人かに鍼灸して過ごしています。大げさではなく自然にそんな生活していますので、おもしろみに欠けますが、事実です。

治療理念

えぎら鍼灸指圧治療院の治療理念は、安全、安心、安価での体質改善、根本治療です。

鎮痛目的ではないので患部には触りません。

持続性と治療結果で期待に応えます。

東洋医学との出会い

私は小学生の頃から、花粉症が酷く、色々と薬を試しました。
けれど、少しもよくなりませんでした。

(とはいえ、それらの薬は症状の一時緩和目的であって、体質を良くするものではないのをお医者さんの説明で聞かされていたので、段々良くなるとは、期待はしていませんでした。)

そこで、なんとかしたくて体質改善の目的で、高校生の頃、岐阜の有名な漢方薬のお店で漢方薬を処方してもらいました。

それで、目だけはすっかり良くなって、東洋医学の素晴らしさを知りました。

それまでは、花粉症の時期は朝起きると、目ヤニがくっついて、目が開けられないほどだったので、目だけでも世界が一変しました。

それでも、その漢方薬は保険がきかないので高価でしたし、大変不味いのに一回に飲む量も多く、飲み続けて、半年くらい治療効果を実感できなかった為、「東洋医学はすごい!」と当時思ったけれど、体質改善が容易では無いと知ったので、まさか自分がその道に進むとは全然思いませんでした。
身近な存在とは思えなかったからです。

ただ、本当に効く漢方薬は、ひとり、ひとり、脈や舌を診てオーダーメイドで処方するという事が当時ものすごく新鮮でした。

一度だけ診てもっらただけですが(あとの漢方薬は郵送でした)その時の事を今も覚えています。

パソコンおたくでしたが,パタリとやめました。

それから目は痒くなくなりました。けれど鼻づまりはまだ酷く、さらに体調を崩し、不眠、常時腹痛、冷え性、なにもしてないのに息切れ、肩こり、腰痛、と二十歳くらいの頃は本当に滅茶苦茶体調が悪くボロボロでした。

その頃は今のインターネットが普及する前のパソコン通信をやるくらいにパソコンが好きでしたが、それが原因と考え、パタリとパソコン、ネットの類は止めました。

当時は自分で思い描いたアプリをプログラムする事が容易にできました。
その為、「いくらパソコンに精通しても、技術が発達しても健康を良くするアプリは作る事ができない」という境地に達し、あまり興味がなくなりました。

むしろ健康を害するので対価としては、割に合わないと考えています。

当時、簡単に思い描いたようにアプリを作れるという事を、まるで知能の自転車のように感じていましたが、人間は身体が土台であって知能が土台ではないと考えに至ったわけです。

整体の技術というのは、「身体の機能を強化し維持する触媒のようなもの」と解釈すると、こちらの方に価値があったのです。

ただし、整体といっても、その場限り整体では意味がないので、やはりその道に精通すると便利です。市場的にはその場限り整体の方が幅をきかす事になるので、見分けるにもテクニックが必要なのです。経絡とか整体とか単語は自由に付けられますが、内容は施術者次第なのですから。

それから、病院に勤務したりと色々な経験を経て益々、身体のメンテナンスが大切と知りました。

今の高齢者ですら、白内障だなんだと目のトラブルで苦しんでいるのに、現在は、パソコンどころか携帯やらで、余計に目に負担をかけるわけですから、体質改善や自分で意識して、これらに制限しないと将来、本当に困ると思います。

そんな私も仕事の為、13年ぶりにネットに繋ぎました。

今はそれらの症状がないのと、そのくらいの負荷に耐えられる体質を得たので全然平気です。ネット、一旦、繋げちゃうと、なかなか制限するのは難しいです。

二十歳の時が一番、老化していました。

当時を振り返ると、友達に「最近、水をどんなに飲んでも喉が乾いて眠れないけど」と相談したら「俺もそうなんだよ。もう年なのかな?」と二十歳の頃会話したのを覚えています。

当時は、ゴロゴロしてばかりで、やたら毎日が疲れて気持ちも滅入ってました。

今、思うと年齢は全然関係ありませんでした。
それどころか、病院勤務時代の鍼治療の経験から80代の人でもメキメキ回復する人も多かった事から、年齢より個人差の方が大きい事を経験で知りました。

↑開業してからは、余計にそうとしか思えない事例ばかりので、そういう面からも一般的な病院での医療と体質改善の健康医療という
分野は、完全に分かれます。別物です。

そういうのがあるとは、知らなくて損していました。

私じゃなくても、なるべく高い状態で身体の機能や状態を維持したいと考えた人はいたというか、いて研究した人がいて当然なのです。人間のそういう悩みや興味はいつの時代も変わらないのです。私の治療法も元は古代中国の書物からきてます。

将来の(夢)は漠然としてました。なんでもやってみないとイメージできないからです。

二十歳の頃は酒造会社に就職してました。将来、なんとなく手に職をつけたくて、なんとなく就職しました。

なんでも、やってみるまで解らないもので、その会社はとてつもなく暇でした。

別の会社の同業の友達も暇だと言っていたので、業界的にそうなんだと思いました。(機械がトラブラない限りは暇です)

それで、その暇な間に自分が何をしたいのかを生まれて初めて真剣に考え、鍼灸マッサージ師になりたいと思い。退社し、鍼灸マッサージの学校に行きました。

学校に入ってみるとやはり意外でした。

学校に入って、片っ端から自分に合う治療法を探しました。当時の私の体はボロボロだったので、治療探しに貪欲でした。毎日が鍼灸三昧でした。(現在も)

入学してみると私みたいな人が一割で後の九割がなんらかのマッサージのバイトをしていて免許の入手目的できていたので、私はかなりの少数派でした。

また、身体の不調から通学も困難になり辞めていく人もいるので、ますます少数になりました。

世の中にはいい人がいます。

学校はあくまで基本的な知識を学ぶ場です。

実践的な治療法は他所で探すのものなのです。

世の中には善意で鍼灸整体の技術を教えてくれる人がいます。

疑り深い人には、にわかには信じられない話しかも知れませんが、その人自身はお金にならない仕組みで勉強会を立ち上げていました。

結果、私に経絡治療の技術を教えてくれたのです。

毎日、自分自身に経絡治療をしたので、肩こり、腰痛はすぐになくなり、息切れもしなくなり、花粉症も鼻はつまらなくなりました。

くしゃみはでますが、前とは天と地の差があります。冷え性は完治に二年かかりました。今はただの健康な人です。

経絡治療にお金をたくさん使いましたが、そのほとんどは交通費、宿泊費です。

世の中にはいい人が本当にいるから前向きになれます。

まずは、どうしようか悩んだので

卒業して、まず腕試しがしたかったのでバイトしながらボランティアしようと思いました。

学生時代治療所実習で筋ジストロフィーの患者さんを治療した時の事ですが、一回の治療であっさり座ったり、立ったりができるようになった経験から、アレが難病というのは納得ができなかったし、先輩が小児麻痺を完治させたと聞いたので「経絡治療に病名は関係ない」という意味を確かめたかったからです。

ちなみにクローン病の同級生の治療には苦戦しました。

それで、難病の治療がしたくて近くの養護施設にボランティアのお願いにいきましたが断られました。

ボランティアも難しいと知りました。

就職の方があっさりうまくいき、病院で毎日鍼ばかり打てるという幸せな毎日が続きました。

病院では

当時そこは自由にやれる病院だったので、自分ルールを作りました。

まず、新患さんがきたらマッサージで、治療結果に不満があったら次は手技整体にして、さらに治療結果に不満が出たら鍼整体にするという三段階で鍼に最も不利なルールを敷きました。

結果、「前の方がいいのでマッサージにしてくれ、手技の整体に戻してくれ」と言われた事は一度もありませんでした。

ただマッサージか手技整体で満足してくれる方はみえたので、九割鍼で一割その他でした。

この場合、マッサージがダメとか言うわけではなく、治療結果重視で患者さんに説明をするとこういう結果になるということです。

マッサージでやるならば満足度を強調しなければいけません。

マッサージの仕事の時はそれでうまくやります。

仕事=治療ではないので、それはそこの責任者の方針に従うのが社会のルールです。私はマッサージの仕事も好きです。

ただ、自分や家族にマッサージをすることはありません。

実際、自分や家族には毎日鍼灸をしています。
理由は、健康でいつまでも若く、疲れ知らずでいたいのと、家族にもそうであって欲しいからです。といいながら半ば強制的に施術させられている感もあります。(笑)

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